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札幌地方裁判所 昭和32年(ワ)104号 判決

原告 日本コロムビア株式会社 外八名

被告 北海道ミユージツクサプライこと西村一男

主文

被告は、別紙目録(一)ないし(九)記載の蓄音機レコードをその出所を明示することなく有線放送に使用してはならない。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを十分し、その九を原告らの負担とし、その一を被告の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、

「被告は、別紙目録(一)ないし(九)記載の蓄音機レコードを有線放送に使用してはならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

(一)  原告らは、多年蓄音機レコード(以下単にレコードという。)の製造販売を業としている株式会社で、いずれも著作権法第二十二条ノ七により、原告らの製造発売にかかる別紙目録(一)ないし(九)記載の各レコード(以下本件レコードという。)に関しては、それぞれ著作者とみなされ現に著作権を保有しているものである。

(二)  被告は、昭和三十一年七月頃から札幌市北一条西三丁目三番地に北海道ミユージツク・サブライトと称する事業を営み、有線放送施設を設け、同市内においてとくにレコードを購入使用する喫茶店・酒場・食堂その他一流商店等を対象に、レコードの購入費および人件費が節約できると称して加入者を募集し、これに加入した者に対し、多額の聴取料を徴収して、毎日午前九時半頃から翌日午前一時頃まで第一番組および第二番組の二系統を通じ、本件レコードを使用して間断なく音楽を有線で放送し、各加入者をしてそれぞれこれを受信のうえ屋内の多数の顧客に聴取せしめている。これがため、札幌市内においてはレコード販売業者の売上は激減し、またその売掛金の回収も困難になつているので、もし被告の営業がこれ以上拡張されるならば、右の業者らの死活問題になるとして恐慌をきたしている状態である。

(三)  被告の右の所為は明らかに原告らのレコード著作権を侵害していることになるから、被告に対し本件レコードの使用禁止を求めるため本訴請求に及ぶ。

被告の抗弁に対し、次のとおり述べた。

(一)  被告の行つている本件有線放送は、著作権法第三十条第一項第八号に規定する場合に該当しない。同号にいう放送とは、無線電話による放送すなわちラジオ放送のみを指称し、有線放送は含まない。けだし、右の規定は、昭和九年の著作権法改正に際し日本放送協会(NHK)の放送を対象として新に挿入されたものであり、当時は民間放送がなく、同協会が唯一の公共的放送機関であつたので、これに特別のレコードの使用権を認めたのであつて、有線放送は当時全く考慮に入れられなかつたものである。しかも、著作権法第二十二条ノ五第一項によれば、放送とは「無線電話による放送」を意味することが明白であるのみならず、放送法第二条第一項第一号も、「放送とは、公衆により直接受信されることを目的とする無線通信の送信をいう。」と規定し、有線放送を除外している。他方有線放送については、別に「有線放送業務の運用の規正に関する法律」が制定されていて、ラジオ放送とは厳に区別されている。さらにラジオ放送は許可事業であるのに対し、有線放送は届出事業であり、また、ラジオ放送は、民間放送の場合でも新聞と同様に公共性を有するに対し、被告の有線放送は、特殊の業者または階層を対象とする純営利事業であつて公共性は全然ない。したがつて、被告の有線放送は、著作権法第三十条第一項第八号の放送に含まれない。

なお、レコードの放送その他の方法による自由利用は国際法上も国内法上もこれを制限する傾向にあるので、同号の放送を有線放送にまで拡張して解釈することは、この傾向に反し妥当でない。

(二)  かりに、本件の有線放送が同号に該当するとしても、その場合は出所の明示を要するところ、被告はこれをしていないから、偽作者としての責任を免れない。

証拠として、原告ら訴訟代理人は、甲第一・二号証を提出し、乙第一・二号証および同第五号証の成立は認めるが、その余の乙号各証の成立は不知と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

(一)  原告らの主張の事実中、(一)の事実全部ならびに(二)の事実のうち被告が昭和三十一年七月頃から原告ら主張の場所に北海道ミユージツク・サプライと称する事業を営み、有線放送施設を設け、これに加入した札幌市内の喫茶店等に対し、有料で毎日原告ら主張の時間その主張のような方法で原告らの製造、販売にかかる本件レコードの一部を使用してほとんど間断なく有線送信をしていることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

(二)  著作権法第二十二条ノ七の規定するレコード著作権は、大正初年のいわゆる浪花節レコード事件に端を発し、大正九年の同法の改正についで昭和九年現行規定が設けられたもので、同条が「著作者と看做す」と規定している趣旨からしても、わが著作権法においては、レコード著作権は、政策的に認められたものであつて、本来的なものではないのみならず、有線放送に関しては、同法はもちろんのこと、ベルヌ条約およびローマ条約にもなんらの規定がないのであるから、レコードを有線放送に利用することは自由であつて、著作権の侵害にならない。したがつて、被告は、原告らの許諾を要せずに本件レコードをその有線放送に使用することができる。

(三)  かりに、右の主張が理由ないとしても、使用レコードの出所を明示すれば、著作権法第三十条第一項第八号の規定によりレコードを有線放送の用に供しても偽作とはならない。

もつとも、同号においては単に「放送」と規定されているがとくに有線放送を除外する旨の規定はなく、かえつて、ラジオ放送については同法第二十二条ノ五において、「無線電話による放送」と明記しているところからみれば、単に放送というときは有線・無線の両者を含むと解すべきである。また、放送についてその公共性の有無により差等を設けるべきでないことは、同号において放送と興行とを同一の取扱にしていることからも明らかであつて、同条第一項第七号との対比上本号にいう興行とは営利的なものをいい、公共性のあることを要しない。かりに、同号の放送が公共性のあることを要するとしても、こと音楽に関する限り、被告はよい音楽をよく再生して安価に一般公衆に提供することを念願とし、常に音楽解説やレコードの案内をして音楽文化の向上に尽力しているのであるから、ラジオ放送以上に公共性を有するというべきである。

被告は、本件営業開始後約三週間は、三名の女子アナウンサーを使用してレコード再生の前後にその出所を明示し、その後は全プログラムの印刷物を各加入者に配付し、これを一般公衆ならびに各事業場の従業員に周知せしめた。さらに昭和三十二年二月六日からは、クラシツク音楽については一曲ごとに題名、作曲家名、演奏者・歌唱者名、レコード製造会社名およびLP盤とSP盤の区別を、ポピユラー音楽については一時間おきに題名、レコード製造会社名およびLP盤か否かの区別をアナウンスにして、使用レコードの出所を明示している。したがつて、被告は、なんら原告らの本件レコードに対する著作権を侵害しているものでない。

(四)  かりに、被告の有線放送が原告らのレコード著作権を侵害するとしても、わが著作権法にはレコードの使用を禁止する旨の規定はなく、単に民法の不法行為の規定にしたがい損害賠償を命じているにすぎないから、被告に対し本件レコードの使用禁止を求める原告らの請求は失当である。

証拠として、被告訴訟代理人は乙第一号証ないし第五号証を提出し、被告本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

一  原告らがレコードの製造販売を業とするものであり、その製造発売にかかる本件レコードにつきそれぞれ著作権を有していること、被告が昭和三十一年七月頃から原告ら主張の場所に北海道ミユージツク・サプライと称する事業を営み、有線放送施設を設け、加入者を募集し、札幌市内の喫茶店、酒場等の加入者に対し、有料で毎日原告ら主張の時間その主張のような方法により、本件レコードの一部を使用して、ほとんど間断なく音楽の有線放送を行つていることは当事者間に争いがない。

二  著作権法第二十二条ノ七によれば、音を機械的に複製する用に供する機器に他人の著作物を適法に写調した者は著作者とみなし、その機器についてのみ著作権を有するとされている。したがつて、わが国のレコード会社は、レコード自体に著作権を認めない国からレコードの原盤を輸入してこれをプレスした場合を除き、その製造にかかるレコードについては、原則として著作権を有するものである。

ところで、著作権とは、文芸・学術もしくは美術(音楽を含む)の範囲に属する精神的創作物である著作物をその作成者が排他的に利用および処分することを内容とする物権類似の特殊の権利であり、その利用権の内容は、著作物の利用方法に従つて分類できるわけで、わが著作権法も各種の権能を規定している。しかして、その利用方法は著作物の性質により異るものであるから、各種の著作物によりその利用権の内容を異にすると同時に、また、その著作物を利用する手段および方法が新たに発見されたときは、たとえ著作権法に明文の規定はなくとも同法の趣旨に反しない限り、著作権の内容もそれにつれて拡大するものと解すべきである。けだし、近代科学の発達にともない著作物利用の方法はますます複雑多様となる傾向にあるから、著作権の内容もこれに応じて拡大して行くものと解さなければ社会の実情にそぐわないだけでなく、人の創造的精神活動の所産を保護しようとする著作権法の目的にももとるおそれがあるからである。しかして、レコードについての著作権の内容は著作権法上は必ずしも明確ではないが、同法第二十二条ノ七に規定されているレコード製作者の有する著作権は、有形的にその複製物を作成し、これを頒布する権利のみならず、これをその私的利用の範囲を超えて、公衆に、すなわち、不特定人または多数人に対して再生し、演奏する権利をも含むと解すべきであることは、同法においてレコード製作者の有する著作権の内容が限定されていないことおよび同法第三十条第一項第八号の規定の存在等に照らして明らかである。したがつて、レコードの録音を再生し、これを有線放送施設により送信し、不特定また特定の多数人に聴取させるようなことは、レコードの前記演奏の一方法として当該レコードについて著作権を有する者の権利に属するものというべきであつて、著作権法上規定がないという一事をもつて有線放送をすることは著作権の内容をなさないと断ずることはできない。

しかして、被告の有線放送は、同人方で再生させたレコードの音響を有線放送施設により前記のような各加入者に送信し、各加入者をして拡声器等のスイツチを入れさえすればいつでもこれを聴取し得る状態におくのであるから、明らかに前記のレコード著作権の内容をなす利用行為であり、したがつて、被告は本件レコードをその有線放送に使用するについては原告らの許諾を要するというべきであるが、被告が右の放送につき原告らの許諾を得ていないことは被告の明らかに争わないところである。

三  被告は、かりに、本件レコードを有線放送に利用するについて原告らの許諾を要するとしても、著作権法第三十条第一項第八号によりその自由利用が認められていると争うので案ずるに、

本件レコードが既に発行された著作物であることは当事者間に争いがない。

しかして、同法第三十条第一項第八号の規定においてレコードの条件付自由利用を認めた「放送」とは、法文上同法第二十二条ノ五第二項にいう放送と同じく同条第一項の規定する「無線電話ニ依ル放送」を受けるものと認められ、また、右の第三十条第一項第八号の規定は、昭和九年の著作権法改正に際し日本放送協会に特別のレコード使用権を認めるため新に挿入されたもので、立法当時同号の放送はラジオ放送を指称していたものであることは当裁判所に顕著な事実であつて、その後に制定された放送法および有線放送業務の運用の規正に関する法律等においてもいずれも用語上ラジオ放送と有線放送とを区別し、ラジオ放送の場合には単に放送とよんでいることおよびラジオ放送は許可事業であるのに対し有線放送は届出事業であつて、その性質を異にすること等を総合すると、右の第三十条第一項第八号の「放送」とはラジオ放送のみを意味すると解すべきであつて、これに有線放送を含ませるように拡張して解釈することは相当でない。

しかしながら、同号に放送とともに規定されている興行とは同法中の他の規定にいう興行とその意義を同じくするものであつて、一般的には脚本・楽譜・映画等の著作物を不特定人または公開性のある特定多数人に対し上演・演奏・上映することを意味すると解されるところ、被告のミユージツク・サプライと称する有線放送事業は、前述のようにその対象である加入者を公募し、レコードに録音された演奏・歌唱等を被告方で再生し、これを有線放送施設により右の加入者である各喫茶店・酒場等に有料で送信するものであつて、その本質は興行であると解すべきである。よつて、被告の所為は右の第三十条第一項第八号にいう興行に該当するものというべく、被告が本件レコードを原告らの許諾を得ずにその有線放送に使用する場合は、同条第二項によりそのレコードの出所を明示する義務を負うものであり、また、右の出所の明示を行う限り、たとえ原告らの許諾がなくともその著作権を侵害することにはならないものである。

もつとも、同条第一項第八号の趣旨は、レコードが本来その録音を再生して聴取することを目的とするものであるところから、その有形的な複製行為を除き、これに録音された著作物および著作物としてのレコード自体についての権利とは抵触する程度の比較的少ない利用行為については、一定の条件のもとにその自由を認めて、公衆のレコードによる音楽等の享受を容易にさせようとするにあると解されるから、同条による自由利用にも条理上おのずから限度があり、その限度を逸脱するときは偽作の責を免れないと解すべきところ、成立に争いのない乙第五号証および被告本人尋問の結果によれば、被告の有線放送は、同人の研究の結果、技術的に創意が加えられ、必ずしも容易に他人が模倣し得るものでもなく、また、有線放送の性質上これを広汎な地域に及ぼすことはできず、現に被告の経営の規模は、その加入者が札幌市内繁華街の喫茶店・酒場等の接客業者約五十五名程度で、これを同市内の一般家庭または他の都市にまで拡張する企図はなく、またこれによる月収も十余万円程度のものであることが明らかであるから、右の程度ではいまだ同条の予想する利用の限度を超えるものということはできない。

四  そこで、被告がその有線放送をするに当り、使用レコードの出所を明示しているかどうかについて判断する。

著作権法第三十条第二項が出所の明示を要するとしたのは、使用した著作物を明らかにして著作者の権利を保護しようとするにあるから、レコードを興行の用に供するときは、特約のない限り、これに写調された著作物およびレコード作製者を明示すべきものであつて、レコード会社の有する著作権との関係においては、各レコードにつきそれぞれ題名(曲名)、レコード会社名ばかりでなく、実演者名その他当該レコードを具体的に特定するに必要な限度の作詞者あるいは作曲者等を表示しなければならないものと解する。

ところで、成立に争いのない甲第一号証に前記乙第五号証および被告本人尋問の結果を総合すると、被告は、有線放送の開始後約三週間は、アナウンサーを使用して、いわゆるクラシツク音楽につき一曲ごとに作曲者名、題名、演奏者名、レコード会社名をその他のレコードについては数曲まとめて題名、レコード会社名を放送したが、この方法は加入者から自分の店でレコードをかける場合に比べて感興が減少するとして嫌われたのでこれを中止し、その後はレコードの番組表を各加入者に配付していたこと、同年十二月原告らからレコード使用禁止の仮処分が申請され、その出所の明示が問題となつたので、同三十二年二月十六日頃からは再びいわゆるクラシツク音楽については当初と同様の方法で、その他の音楽については一時間おきに数曲まとめてその題名およびレコード会社名、時にはLP盤か否かを放送していることが認められる。成立に争いのない甲第二号証も右の認定を左右するに足りない。

右の認定事実によれば、被告はその使用レコード中いわゆるクラシツク音楽のものについては出所の明示をしているといいうるが、右以外のものについては、単にその題名とレコード会社名を数曲まとめて放送しているだけであるから、その出所を明示したとは認めがたく、また、被告がその使用しているレコードのうちいかなるものをもつてクラシツク音楽としているかは明確でない。結局、被告は、本件レコードを使用してその有線放送による興行を行うに当り、その使用レコードにつき、その一部を除き、出所の明示をしているものとは認められないから、その所為は当該レコードに関する著作権を侵害するものというべきである。

五  被告は、本件有線放送が著作権侵害になるとしても、著作権法には著作物の使用を禁止し得る旨の規定はないから、原告らの請求は失当であると主張する。

しかしながら、著作権は、前述のように著作物を排他的に利用することを内容とする物権類似の絶対的な権利であるから、その性質上その侵害に対しては妨害排除および妨害予防等の請求権が認められるべきものである。

しかして、被告が本件レコードの一部を昭和三十一年七月頃以来使用してきたことは当事者間に争いがなく、右のレコードについてはもとより、その余の本件レコードについても、被告が営業として本件有線放送を行つているものである以上、加入者の需要に応じ将来これを使用し、前記のように原告らの製造発売にかかるレコードの著作権を侵害するおそれがあることは明らかであるから、原告らはおのおの被告に対し別紙目録記載のそれぞれのレコードを被告がその出所の明示をすることなく有線放送に使用することの禁止を請求し得るものといわなければならない。

六  以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、右の限度で理由があるものとして、これを認容すべきであるが、その余の請求は理由がないので棄却することとし(仮執行の宣言はその必要がないものと認める。)、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条・第九十二条・第九十三条を適用したうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 外山四郎 田中良二 徳松巖)

目録 (一)

日本コロンビア株式会社

コロンビアM・G・Mレコード番号順総目録

一九五七年度版三百五十二帖

目録 (二)

日本ビクター株式会社

ビクターレコード、ビクター番号順総目録

一九五七年度版二百二十四帖

目録 (三)

東京芝浦電気株式会社

エンジエルレコード番号順目録

一九五七年度版百三十帖

キヤピトルレコード番号順目録

一九五七年度版六十八帖

目録 (四)

日本グラモフオン株式会社

一九五七年度版番号別目録百四十一帖

目録 (五)

日本ウエストミンスター株式会社

ウエストミンスター・レコード総目録

一九五七年度版六十七帖

目録 (六)

日蓄工業株式会社

エピツクレコード一九五七年三月新譜八帖

目録 (七)

テイチク株式会社

テイチク・デツカ番号順総目録

昭和三十二年版百九十二帖

目録 (八)

新世界レコード株式会社

一九五七年三月新譜

新世界レコード、カタログ十帖

目録 (九)

キングレコード株式会社

番号順総目録

昭和三十二年版百八十二帖

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